2013年03月25日

誰かが何かを無駄に我慢している状態をいいと思えない

面会交流についてはいろいろ思うことがあって(相変わらず)、
昨日書いたことと相反するような補足をすると。

わたしは「会わせるのが子どもにとってプラスになるかどうか」ということより、
子どもが離別親に、会いたいのに会えないでいる、とか
離別親が子どもに、会いたいのに会えないでいる、という状態を、いいと思えない、
というのがいちばんなのかも。
子どもだけじゃなく、離別親の気持ちも、その点で等価に見てる。
誰かが何かを「無駄に我慢」している状態を、いいとは思えない。子でも、親でも。

だからもちろんどっちも会いたがってなけりゃ、
べつに会わせなくてもいいだろうと思う。会わせてもいいと思うけど。

「会わせても子どものためにならない」とか実親がいうのも違うと思うし、
「会えないと子どもがなんとか症候群になる」とか離別親がいうのも違うと思う。
「子どものため」を親が自分勝手に代弁するのは、見苦しい。

会いたいのに会えない離別親はほんと気の毒だと思うし、
会えたほうがいいと思うけど、
でもそこで、「会えないのが子どものためにならない」とか、
「会えるのが子どものためになる」とか離別親が言い出すのが、どうもいただけない。
というか、イラッときますよ正直。


・・・
最近は宣伝モードでしたが、基本このブログは自分の考えをまとめるための場なのでございました。
まだまだ、まとまらんねー。
posted by set-miss at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 離婚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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