2008年06月15日

元義母、あれは確信犯か

セッティングゥ、の続き。
こども、1年弱ぶりで父親と会うのに緊張したか、
行きがけに「おなか痛い」と言い出した。会ったら治ってた。

にこやかに皆さんと挨拶、談笑。
が、だんだん腹が立ってきたので、こどもを預けて一時別行動。
でも、言わなきゃこれからも続くんだよな、これ。

まず元夫から。
「なんで息子の忙しさには遠慮するのに、
 他人であるわたしの忙しさは気にしないかねー、わっはっは」
なるべくさわやかに責めたてる。

元義母にも、にこにこと。
「孫に会っていただくのはいつでもウェルカムですから、
 ただ、これからはホントに、わたしじゃなくて、
 ○○さんに言ってくださいねー」
直接言ってわかったが、この人確信犯だったな。

息子に連絡をしてこない、元夫。
息子(元夫)に連絡をしようとしない、元義母。
そういう家訓でもあるんすか?

なにしろ疲れた。暑いなか、何時間も歩き回ったから。
でもそういえば、あっちのほう行くと、
いつもすごく疲れる。鬼門か。
posted by set-miss at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月27日

離婚のゴールはまだ先か

離婚してすぐの頃は、相手に子どもを会わせるのがいやだったり、
相手のしたことを思い返してしばしば腹が立ったりしていたけれど、
そういうのは、すこしずつ減ってきた。
時が経つにつれ、自分の生活が安定するにつれ。

でも「相手の幸せを祈っているか?」と聞かれたら、むむと詰まる。
べつに不幸は祈らないけど、幸せまでは正直言って、祈ってない。
相手の幸せを祈れる自分、そこまで行けたらゴールなのかな?
posted by set-miss at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月30日

離婚したってみんな生きてるし

 『幸福な食卓』(瀬尾まいこ)。
 ただのほんわか小説ではなかった。

 前回、じっとうずくまって傷を癒すやり方より、カラ元気出す
ほうが難易度が低くラクだろうと書いたけれど、離婚や失恋の場合と
大切な人を亡くしたときとでは、違うのかもしらん。
 誰かを亡くしたときは、たぶん離婚のときみたいにカラ元気で
乗り切っちゃだめなのかも。それじゃ乗り切れないから、ひずむのかも。

 離婚ほやほやのとき、なぜか、お母さんを亡くして間もない人が
周りによくいた。ライターさん、版元の人、中学からのふるい友達。
 偶然なのか、そうでないのか不明。私がそういう状態だったから、
周りの人たちもそういう話を打ち明けやすかったのか。
 自分が元気ないとき、パワー満点な人には近づきにくいものな。

 へんな言い方だけど、母を亡くすよりは離婚でよかった、と
思った。夫を亡くしたわけでもない。みんな生きている。素晴らしい。

 独特なユーモアもけっこうツボだった。ほかの作品も読んでみよ。
posted by set-miss at 08:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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