2013年03月13日

「生きるという戦いのパートナー」

いまさらな話ではありますが。
2年前の震災で結婚が増えたって一時期言われてたけど、
どうしてそんな噂が流れたか、わかったのでメモ。


 4月半ば以降に入ってから、「震災婚」を現象としてとらえた報道が増えた。
 裏づけの数字は「婚約・結婚指輪が売れている」ことと、
「結婚情報サービスの資料請求や入会の増加」だった。
 (『震災婚』まえがきより)


なるほど。指輪が売れたっていうのは、
「新宿高島屋の婚約指輪売り上げが4月1日〜19日で前年比4倍」
ということだそうだけど、それってたぶん、
3月中の自粛ムードで買い控えてた人たちが、4月に入って一斉に買っただけだよね…。

でも「結婚情報サービスの資料請求や入会の増加」ってのは、本当だろう。
だからつまり、結婚が増えたわけじゃなくて
「婚活の動きが活発化した」ってことだったんだろうね。

2年前のいまごろ、震災の日々、わたしもほんとに怖かった。恋人いても。
「支えあえる人がほしい」って思う人が増えたのは、当然だと思う。
だからって、相手選びをそこそこに手を打つ人が増えなくてよかったよ。
吊り橋効果じゃ、長続きしないもの…。

『オトナ婚です、わたしたち』
結婚って、フウフ・つがいって、なんでしょう?という問うたところ…
つがい5・女×女婚の小野さん
「生きていくっていう大変なことを、味方になってやっていけるような関係」
つがい6・役割逆転婚の森澤さんは、
「生きるっていう、戦いのパートナー」と、答えてくれました。
おふたりとも、震災前、2010年末に取材。
震災後、おふたりの言葉が、すごく身に沁みた。

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・・・
積ん読片づけ中。まだまだ山のようにある。
posted by set-miss at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 女の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月12日

アライさんでべつにいいんだけど、いまひとつぴんとこない理由

『オトわた』の取材をきっかけに、
女×女婚のOさんとすっかり仲良くなり、彼女を通してL友がぐんと増えた。

以来、LGBTな友人らと、ちょこちょこつるませてもらっている。
勉強会に声をかけてもらって顔を出したり、
夏のパレードをいっしょに歩かせてもらったり、おうちに呼んでもらったり。

わたしは「アライさん」なんだろうか。
アライというのは「アライアンス(alliance)」の略で、LGBT支援者をさすそうだ。
もちろん支援者ではありたいし、区分でいえばアライさんなんだろう。
それでべつにいいんだけど、ただ、どうもぴんとこない。
居心地がいいだけなのだ。ただ楽しいから、引き寄せられてしまう。

どうしてそんなに居心地がいいんだろう?と考えると、たぶん、
「社会がこんなふうにあるといいよね」と思い描いているものが、近いからかもしれない。
「こうじゃなきゃいけない」がなくて、いろんなあり方が是とされる、世の中。

でもそれでいて、彼女たちはやっぱり自分にはない視点ももっているから、
話していると新鮮で面白いことが多い、というのもあるかもしれない。

もしかしたら、わたしもLじゃないの? Lじゃないほうがヘンじゃないか?
と自分でも思うくらいのレベルで居心地がいいのだけれど、
恋愛対象はやはりいまのとこ男なので、たぶん違うんだろう。
でもそれって、実際どうでもいいこと、わたしには。
Lかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、どっちでもいい。

『オトナ婚です、わたしたち』
つがい5は、女×女婚をしている人のお話です。
ほんとに彼女の人柄なんだけど、こんなに真摯に生きてる人を、応援しない理由が見つからない。
これを読んだらみんな「アライさん」になると思う。

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本の感想はこちら


・・・
本日は少々番外編な内容でお送りしました。一度、考えをまとめておきたかったこと。
posted by set-miss at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 女の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月09日

非定型家族にとっての「二分の一成人式」

小学校で「二分の一成人式」っていうのがあるんですとな。10歳になる、四年生のときに。
うちのとこの小学校では、3月の保護者会の前の時間に、子どもと親と体育館に集めて、
子どもにもってこさせた家族写真を、スライドショーしたんだそうだ。
年度や担任の先生によって、やったりやらなかったり、やり方も違うらしいんだけど。

ひとり親、ステップ、里親家庭など、非定型家族では、これが悩みになると聞く。
「そういうの、やらないでほしい」という、切実な声。
みなさんの頭にある「理想の家族像」とは違う、うちの家族の姿を、
わざわざさらさんでくれよ、と思うわな。それもよくわかるのだけど。

でもほんとうは、というか理想は、どんなカタチの家族の子でも
「自分とこは、こういうふうでした!」って堂々といえるのが、いちばんいいと思う。
見てる子たちも「ああ、いろんなカタチの家族があるんだな」って、自然に学べる。
みなさんの頭にある「理想の家族像」だけが、家族じゃないんだって、わかるいい機会。

『オトナ婚です、わたしたち』なんか、非定型カップルの大集合だ。
どの人もたいがい、「自分たちのことを、他人に説明するときがめんどう」といっていた。
一般の形と違うことを、いちいち人にいうべきか否かで、悩んだりもするようだ。

ある人は、言わなければ「ふつう」に見えるんだから、言わないでおく、と言っていた。
それもひとつの選択ではあるけれど…、「ふつう」じゃなきゃ、だめなの?
わたしは、言いたいかな、と思った。

って、頭では思うけど。
うちも4月から4年生、二分の一成人式、どうしようかな。
ただスライドショーで家族写真をさらされて、
「あすこんちは親がひとりか、かわいそうにね」と見られるんだったら意味がない。

もしまたスライドショーやるんだったら、
いろんなカタチがあるんだね!とわかるような、意味のある見せ方をされたい。
夏休み前の面談のときにでも、担任の先生に相談するか。
担任、いい先生にあたるといいなー。

今日も宣伝(´-`)
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・・・
「二分の一成人式」は、とくに中途養育の親(継母、里親)が悩むそうです、
子どもの幼少期を知らなかったりするから。って、すみません、
わたしまだ「二分の一成人式」よく知らないので、このへんにしときます。。
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